直島「家プロジェクト」護王神社
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現代美術と神道建築
伊勢神宮の建築様式には図面が存在しない。2つの正宮、14の別宮、全てが設計図を持たず実測図も存在しない。その全てが20年おきに建て替えられる。図面化せず、文字化せず、先例を参考として口伝によって継承され、1000年以上にわたって式年造営されている。深い森の中に社殿があること、そのこと自身に価値をおき、教義をつくりださず、ただそれだけで充分であるという、神道の根底にある「非言語的」な傾向は、このような造営の仕方に深い影響をあたえている。教義をもたず言語的説明を排除することと、図面化し文字化することを避けることとは、同じ志向のなかにある。

伊勢の神社形式では、本殿など格式の高いものは萱葺きであり、忌火屋殿(神饌を作る)や幄舎(あくしゃ、本殿前の雨よけ屋根)など機能性の高いものは板葺きとなる。2つの正宮(内宮、外宮)では、御垣内に複数の建物が存在するが、伊勢の別宮を廻ってみると、14の別宮では萱葺きの本殿と、板葺きの幄舎だけの組合せになり、これは正宮の正殿と幄舎を縮小・簡略化したものであることが解る。別宮の置かれる敷地と森の形がそれぞれ違ったところに、同じ形式の建物が微妙な変化とともにある。月読宮では本殿が4棟並列し、滝原宮では2棟並列する、いずれも本殿の大きさが少しずつ異なって、また幄舎の高さと幅の比、プロポーションも変化する。伊勢の全域での神社の有り様は、決められた主題に対する微妙な変化にあふれていて、まるで一つの主題を様々に変化させていく音楽的変奏のようでもある。別の視点からいえば、ちがった森の中に同じ形をみる、今見ているものは単に形式であって重要なものは隠されている、そのようにも感じられる。

本殿の前に設けられた幄舎は取り外し可能なものとして計画されているが、この仮設的な幄舎は結果的に外観上の重要な要素となっている。幄舎の切妻屋根が、本殿の正面性を隠しながらひとまとまりの神社形式となる。いつ頃からか、この機能的・仮設的部分が神社の正面性にくみこまれるようになる、これが別宮の神社形式の現在の姿であるといえる。本殿に装飾的要素が幾分あるのに対し、幄舎に全く見られないのはこのような理由からで、主題を直接表示せず背景構造に隠そうとする、隠喩的・抑制的表現がこのような形であらわされていると言っていい。護法善神社を一部を修復し・一部を新築するにあたって私たちが注目したのは、神道建築のその「非言語的」・抑制的な表現のありようであり、ここに現代性と伝統文化の両方を見いだしたからだ。私たちは板葺きの本殿に対し板葺きの拝殿を幄舎のような形式として配置することにした。

妻入りの幄舎は破風部分に三段の陰影が付けられて美しい陰影をつくり出している、しかし近づいてみると最上段は押さえ板、下の二段は2枚重ねの屋根板を厚み分ずらしただけで、最小限の部材が重ねられているだけにすぎない。何らかのデザインの意図や方法を発見しようとするが、簡潔な部材の組合せにたどり着いてしまって肩すかしをくう。しかし、そのことをよく辿ってみると、それぞれの屋根の板材、押さえ板材は非常に慎重に部材寸法を吟味していて、通常私たちが慣れ親しんだ、和風建築の作法とは異なっていることに気がついてくる、部材はそれぞれに主従の関係をつくり出さず、一本一本、一枚一枚が独立されたものとして扱われているのだ。私が肩すかしをくった、ただ屋根板を厚み分だけずらしながら並べる、つまり1体1の比率に並べるというそのことに、物質を抽象的に扱い抽象的なままで組みたてていく方法が存在しているということだ。神聖な木材を最小の加工にとどめたい、もう一方で幄舎に意図性を加えたくない、二つの理由がこのような抽象性をつくり出しているともいえる。

ドナルド・ジャッドが、1対2や1対4といった簡潔な比例で出来たものでは見る側は瞬時に理解してそれ以上意味を追求しないと述べて、作品の整数倍比率にこだわったことが思いだされる。よく吟味された整数倍比例を前にすると、見えているものの簡潔さと同時に、この秩序はここだけで完成しておらず全体と呼応した関係にある、見えているものとはべつに、見えていない抽象的な全体との関係を同時に想起することになる。観察すればするほど、建物を構成する部材が一本一本、一枚一枚分離していて、断片化され未完のままであるように思われる。しかし一方で抽象的なものを想起させる力が働いてこの部分は全体へと還元されていく。結果として私たちは神聖な木材と抽象的なプロポーションを感じとる。

直線的で、無垢無節の檜材を非彩色のまま使用することについても同様のことがいえる。神道はアミニズムを祖先に持つ自然観の強い宗教である。神道建築の原型に深いかかわりがあるとされる天皇即位の大嘗祭の仮殿は、屋根は同様の萱葺きであるが柱は黒皮の未製材のものを御座にはかっては未踏の青草を敷いたと言われる、無垢で清浄なものを使うという考え方が原点にある。伊勢のように檜の無垢無節の柱や板を非常な精度にて製材することは、人為性の極致といっていい。しかし私たちは、一方で精緻に削られたものの美しさ清浄さをよく知っている。植物である木材を乾燥させ製材し一本の建築用材にする、柾目無節の檜板は育った場所、木自身の具象性を希薄にされて新しい神社に生まれ変わる。精緻に切削されたものにはそのような具象性の希薄化、抽象性の獲得がある。直線的で白木のままであるということは、そのような意図がある。

私たちが、護法善神社で気を付けたことは、木材のボリュームが強すぎると、抽象性をスポイルしてしまうことで、そのため一本一本、一枚一枚原寸を作って、ボリュームが過剰にならぬよう吟味した、他の部材の関係も整数倍比例によって決定している。しかもそれは部材の直接的な縦横比にではなく、背景の側に比例が働くようにしている。
落成して半年以上経った今、屋根材は銀灰色に変わって、落成したときの清涼ではあるがまだ生新しい印象が落ち着いてきている。精緻に切削されいったん抽象化された木材は、この新しい場所で新しい自然の時間を生きていくといえる。